2007年03月22日

仮処分申請却下

 署名をお願いしたAPU争議の仮処分申請ですが、高裁でも却下されてしまいました。署名してくださったみなさん、ありがとうございました。
 でも、勝負はこれからです。本裁判が始まりますので、これからも折りにふれ紹介させていただきます。

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2007年03月12日

立命館アジア太平洋大学の雇い止め裁判のネット署名に賛同を!

 別府にある立命館アジア太平洋大学(APU)の常勤講師の組合が雇い止め撤回を求めて裁判を続けている。詳細は大分地域労組APU分会のサイトにアップされているビラの通り。大学教員にもこういう有期雇用が増えている。「大学改革のトップランナー」を自認する立命館では特に多い。
 「APUはけしからん!」と思った方は福岡高裁宛のネット署名にぜひ賛同していただきたい。ネット上では名前を非公開にすることもできる。第一次集約は15日に迫っているが、それ以降も続けられるそうだ。

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2005年12月10日

もうひとつのストライキ:立命館定点観測

 12月9日は立命館の年末一時金の支給日だった。当局の方針通り1ヶ月分カットされて支給された。
 その9日に立命館大学でふたたびストがおこなわれた。といっても一時金の支給にあわせて教職員組合が第二波ストをかまえたわけではない。今回は一時金問題とは関係ない。ストをおこなったのはゼネラルユニオンという別の組合だ。
 周知の通り、終身雇用の正社員を前提とした日本の労働環境はすでに昔話だ。パート・アルバイトなどの安上がりで首切りもしやすい非正規労働者がいまや全労働者の3分の1を占めている。立命館はさらにススんでいて、なんと教職員の半分が非正規だ。
 一時金問題にとりくんでいる教職員組合は正規の教職員しか組織していないが、正規より待遇が悪い非正規を組織している組合が立命館にもある。そのひとつがゼネラルユニオンだ。ゼネラルユニオンは関西でおもに外国人を組織している個人加盟の労働組合で、立命館大学ではおもに外国人の語学教員が加入している。
 外国人の語学教員の多くは「常勤講師」や「嘱託講師」という身分で雇われている。常勤講師は、常勤と名がつくものの実質4年契約で、嘱託講師は5年契約。いずれも契約更新はできず、年限がきたらクビだ。ゼネラルユニオンはおもにこのことの不当性を訴えてストに起ち上がった。教職員組合の上品な10分ストとは違って、1日ストだ。しかもこれからも波状的にストを打つと宣言している。
 このようなストに至るまでの曲折を、次回以降述べていきたい。そこには、正規の教職員組合を観測していただけでは見えてこない、もうひとつの立命館が浮かびあがってくることだろう。

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2005年11月26日

スト決行:立命館定点観測

 立命館の団交は決裂し、25日にストライキは決行された。教職員組合によるストが何年ぶりなのか知らないが、団交でさえ20年以上おこなわれていなかったほどだから、推して知るべしだ。
 ストといっても、衣笠キャンパスの場合、12時から13時までの時限ストで、そのほとんどは昼休みであり、講義にかかるのは最初の10分に過ぎなかった。
 ここまで気配りのきいたささやかなストに対しても、当局の姿勢は高圧的だった。スト集会のすぐ近くで総務部の職員をかき集めてストに反対する官製集会を開き、学生にストを批判するビラを撒いた。
 いったい「三位一体」の労使協調はどこに行ってしまったのだろう?従来、教職員組合は出世コースに組み込まれていた。組合の専従をソツなくこなした職員は昇進が約束されていた。だからこそ組合は当局に忠実だった。
 ところが、どうも最近風向きが変わってきたようだ。ワンマン理事長は年功序列の昇進システムを壊し、イエスマンで幹部を固めつつあるときく。独善的なリーダーが既成の支配秩序を崩しつつ「改革」をゴリ押しする様は、まるでどこかの国の政権のようでもある。

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2005年11月22日

ついに新聞報道:立命館定点観測

 わたしが10月18日に「秘密協定:立命館定点観測」で書いた立命館から平安女学院への10億円の資金援助が、毎日新聞と京都新聞の今日の朝刊で一斉に報じられている。

立命館:平安女学院に10億円の財政支援へ(毎日新聞)

 両紙の記事から判断するかぎり、「市の財産(守女)を守る会」という守山の市民団体が21日に行なった記者会見でこの問題を公表したことが、今回の報道のきっかけとなったようだ。京都新聞の記事の中の「これを問題にすることは私学振興に対する妨害行為だ」という平安女学院の理事長の逆ギレ気味のコメントが、この資金援助の後ろ暗さを物語っている。
 わたしの10月18日の記事は、立命館大学教職員組合の機関紙をソースにしているが、それによると7億円の支出名目は、平安女学院のセミナーハウスの買収だった。だが、今朝の京都新聞によると、7億円は新学部設立などのための寄付だと説明されている。この点については追って調べていきたい。それにしても、平安女学院はまだ懲りずに新学部を作ろうというのだろうか。
 ところで、いま立命館の一時金問題も大詰めを迎えている。3ヶ月以上途絶えていた団交が10月31日と11月17日に行なわれたが議論は進展しなかった。一時金の支給実務の期限が11月25日に迫るなか、教職員組合はついに次のカードを切ってきた。11月24日の次回団交で決着しなかった場合、翌日に10分間のストを実施することになったのだ。あの「三位一体」の労使関係が、たった10分とはいえストをするほどにまでこじれてしまったわけだ。以前書いたように、10億円援助が学内で広く知られるようになったのは第2回団交での教職員組合による暴露の結果だ。今回の新聞報道が一時金をめぐる労使交渉にどう影響するかが注目される。
 これで事態は動きだした。「市の財産(守女)を守る会」の住民監査請求の行方に注目していきたいし、守山市議会や滋賀県議会でも問題になるだろう。一時金問題とも相俟って、これから定点観測が忙しくなりそうだ。

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2005年10月18日

秘密協定:立命館定点観測

 きのうの記事の冒頭部分をもう一度読んでほしい。立命館守山高校の開設が一時金カットの要因になった、と書いた。なぜ、タダ同然で手に入れたはずの高校が立命館の財政に影響するのか?実は、いまだにマスコミでは報じられていない事実がある。
 7月15日に、立命館は平安女学院と5月に結んだ学術交流協定をマスコミに発表した。平安女学院高校から30人の生徒を立命館の2つの大学に受け入れる推薦枠を設ける、という内容だ。
 それから4日後の19日、10月12日の記事で触れたように、立命館当局と教職員組合との間で一時金をめぐる2回目の団交が行われた。このときに、教職員組合から、平安女学院との協定には公表されていない秘密条項があることが暴露された。それは、立命館から平安女学院への10億円の資金援助だ。
 その内訳を見てみよう。まず一つ目に、平安女学院の校舎改修名目で3億円を無利子有担保で10年間貸し付ける。二つ目に、平安女学院が所有するセミナーハウスを7億円で買い取る。このセミナーハウスは京丹後市の「スイス村」というレジャー施設の中に建つものだが、立命館の本部がある京都市から鉄道で3時間、そこからさらに車で40分以上かかるという恐るべき立地で、はたして7億円の利用価値があるかどうかはなはだ疑わしい。そもそも立命館大学はかって郊外型のセミナーハウスを所有していたが、利用者が少ないため相次いで全廃したばかりだ。
 平安女学院と守山市との間の問題がなぜか立命館と守山市との覚書で決着してしまった不自然さ。その背景にはこういうカネの流れがあったのだ。平安女学院は守山市などへの補助金返還は別にしても、大学の高槻への移転だけで相当な出費を強いられたはずで、これだけの資金援助は渡りに舟というものだろう。立命館は10億円(うち3億円は貸付)で平安女学院を動かして守山市に補助金返還を断念させた上で、まんまと30億円以上の税金がつぎ込まれた平安女学院のキャンパスをせしめてしまったわけだ。立命館大学当局は学生自治会との交渉で、7億円の安値で高校を買ったのと同じ、とあけすけに語っている。まさに、立命館という学校法人の所業は地上げ屋も真っ青というほかはない。巨額の補助金のツケをまわされた守山市民こそいい面の皮だ。
 それにしても、この秘密協定は5月に結ばれ、立命館大学の教授会などでも説明されたそうだから、教職員組合も以前から知っていたわけだ。にもかかわらず教職員組合は7月の団交まで労使交渉のカードとしてこの情報を温存していたことになる。もし団交が1回目で妥結していればこの話は永久に日の目を見なかったかもしれない。立命館大学教職員組合もまた、立命館の隠蔽体質に深くかかわっている。一時金問題がこじれたおかげで、「三位一体」の闇の一端がはしなくも露呈してしまったわけだ。
 また、平安女学院が守山からの撤退を決めたときには守山市議会で補助金問題を鋭く追及していた共産党市議団が、この秘密協定を問題にしているという話は聞かれない。共産党色濃厚な立命館大学教職員組合サイドからこの情報は入っていないのだろうか?それとも、知っていながら黙っているのだろうか?いずれにしろ腑に落ちない話だ。
 もうひとつ解せない点がある。7月19日の団交は大衆団交で、250人もの参加者が秘密協定の話を聞いている。さらに8月に入ると教職員組合の機関紙「ゆにおん」にもこの件は掲載された。にもかかわらず、わたしが調べたかぎり、このような重大な問題がマスコミで報道された様子はない。インターネットで検索してもこの件に言及したサイトは見当たらない。いったいどうしたことだろうか?守山市民でこの話を知っている人はどれくらいいるのだろうか?
 いま一度強調しておくが、立命館と平安女学院のこのようなやり口は守山市民をバカにしているとしか言いようがない。10億の金が出せるなら、平安女学院ではなく守山市に払うべきだ。立命館守山高校開設は白紙撤回せよ!。

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2005年10月17日

張子の虎:立命館定点観測

 前回、一時金カットの背景には「研究力強化」があると述べた。だが、学内ではもうひとつの要因がささやかれている。立命館守山高校の開設にかかわる問題だ。
 ことの発端は2000年にさかのぼる。この年、大阪府高槻市で短大を運営している平安女学院が、滋賀県守山市に新たに四年制の平安女学院大学を設置した。その際、「大学を核としたまちづくり」を掲げて平安女学院を誘致した守山市から25億円の補助金を受けた。ちなみに25億円は守山市の年間予算のなんと27%にあたる巨額のカネだ。また滋賀県も8億円を援助した。しかし、平安女学院大学は大幅な入学定員割れが続き、05年3月に守山から撤退、高槻のキャンパスに統合された。守山キャンパス開設からわずか5年のことであった。これに多額の補助金を支出した守山市が反発し、平安女学院に対して補助金の返還を要求、事態が紛糾するに至った。
 また、それとは別に、守山市立守山女子高校も定員割れが続き、平安女学院に散財した市当局に財政上の厄介者扱いされていた。
 ここに現れたのが立命館だ。守山市や平安女学院と水面下の交渉を重ねた末に、5月に守山市と「守山女子高等学校の移管にかかる覚書」を交わした。
 その大筋の内容はこうだ。まず平安女学院は守山市からの補助金返済を勘弁してもらう代わりに守山キャンパスを無償で守山市に譲渡する。滋賀県からの補助金は守山市が立て替える。立命館は守山女子高の運営を引き継ぎ、「立命館守山高校」を開設する。立命館守山高校のために守山市は平安女学院から譲渡されたキャンパスを提供する。立命館は現在の守山女子高の敷地を更地にして守山市に返還する。
 三者の利害が込み入った話だがご理解いただけただろうか?弱小私学の平安女学院は競争激化の中、新キャンパスで四年制大学を設置する勝負に出たがあえなく敗退。巨額の補助金の返還を迫られたが無い袖は振れず困っていたところに立命館の提案に飛びついて守山キャンパスを手放した。
 一方、守山市は平安女学院の撤退でメンツを潰された上に巨額の補助金が戻ってくる目途も立たず途方にくれていたところへ、平安女学院のキャンパスをくれるなら守山女子高の面倒を見てやろう、という立命館のセールストークに乗ってきた。
 さらに立命館はというと、総長自らが「『張子の虎』と評されつつある」と懸念するほどの性急な拡大路線をとっている。例えば、88年に国際関係学部、94年に草津市にびわこ・くさつキャンパス、同年に政策科学部、2000年に立命館アジア太平洋大学、04年に情報理工学部を新設している。そうした拡大路線の一環として、大学入学者を安定的に確保するために定員の2割を付属高校からの内部進学で固める目標を掲げている。そのためには付属高校を増やさなければならない。だから、もともと大学のキャンパスだった充実した真新しい校舎をタダ同然で入手できるならばこんなにオイシイ話はない。しかも守山は立命館大学の草津のキャンパスにほど近い好立地だ。立命館守山高校は理数系中心のカリキュラムを組むそうだが、これは草津の理工系学部への学生の流し込みを図ってのことだ。
 三者三様のぶざまな、あるいはしたたかな損得勘定があるわけだが、この一連の騒ぎで直接の影響を受ける守山女子高校や平安女学院大学の生徒・学生や教職員、さらに巨額の補助金を負担させられた守山市民に事前に相談があったわけではない。すべては秘密裏に決められたことだ。
 これに反発が起きないはずはない。平安女学院大学の「守山キャンパスの存続を守ろうの会」という学生団体は移転反対の裁判闘争をいまも続けている。守山女子高の生徒会・PTA・教職員組合でも反対運動が起きた。守山市議会でも問題になった。
 だが、これで話は終わらない。覚書でも明かされなかった重大な事実がこのあと露見することになる。

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2005年10月13日

ハブ大学:立命館定点観測

 立命館大学当局は一時金カットの理由として「社会的水準論」と称するものを唱えている。名前は仰々しいが、要は他業種と比べて賃金が高すぎる、ということを言いたいらしい。一時金カットで得た財源は「研究力強化」に用いる、としている。こちらの方が一時金カットの本当の理由に近いようだ。
 立命館は07年度に3つのCOEを獲得することを目標にしている。そのためにCOEに対応できる研究者を高額の報酬で呼び寄せる計画だ。さらに、研究の高度化のためと称して、COEや科研費を獲得した研究者や博士号取得者に特別の手当を支給する。つまり、今はやりの能力主義的な賃金制度改悪の財源が一時金カットなわけである。しかも、手当を支給される可能性のある教員はまだしも、職員にとっては一方的な賃下げにしかならない。これが「民主的」な立命館で行われようとしていることだ。
 もちろん、立命館が獲得を目指している研究費はCOEや科研費といった国家予算だけではない。立命館大学のサイトのこのあたりを見てほしい。「インキュベーション」だの「アントレプレナーシップ」だの、かっての立命館の姿を想起するとめまいを覚えるような言葉の数々。「開かれたアカデミズム」が誰に対して開かれているのか、「社会との連携」が社会のどの部分との連携を目指しているのか、もはや贅言を要さないだろう。
 もっとも、立命館の変わり身の早さ、極端さが際立っているとはいうものの、全入時代を迎え生き残り競争が熾烈さを増す大学業界にあって、国家プロジェクトへの参入や産学協同は、多かれ少なかれどこの大学でも目標としていることだ。
 ただ、立命館の抱く野望ははるかに壮大だ。いささか誇大妄想気味だと言ってもいい。旧帝大や早稲田・慶応といった「先頭グループ」に追いつき、さらに「アジア太平洋のハブ大学」を目指すという。独占資本の手先としてアジア人民に蛇蝎のごとく嫌われる大学になりたいというのだろうか?

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2005年10月12日

三位一体:立命館定点観測

 立命館大学の関係者の口からは「三位一体」という言葉がときどき聞かれるが、別に立命館はキリスト教系ではない。三位一体なのは理事会・教職員組合・学友会(学生自治会)だそうだ。
 このかん立命館当局は人件費の削減に力を注いできた。教職員を非正規や派遣に置き換え、業務の外部委託を進めてきた。そのために大学直営の派遣会社まで作っている。今や立命館の教職員の半分が非正規で占められるまでになった。低賃金・不安定雇用で酷使される非正規教職員と、安定した待遇を約束された正規教職員の間で矛盾が渦巻いている。
 そこで当局は、正規の教職員のみを対象にした本工組合である立命館大学教職員組合を「第二人事部」として利用することで学内秩序を維持してきた。それだからこそ、非正規・派遣を酷使する一方で、正規の教職員の待遇にはこれまで手をつけてこなかった。
 ところが、今年の春闘で異変が起きた。理事会が正規の教職員の一時金の一カ月分削減を通告してきたのだ。これに教職員組合が反発し、非組合員の突き上げもあって、永らくおこなわれていなかった団交が開かれることになった。しかも労働組合が通常行う代表団交ではなく、学生運動で行われるような大衆団交だ。6月22日に行われた1回目の団交では正規教職員2000人のうち600人が参加し、激しいヤジが飛び交った。7月19日には250人の結集で第2回団交が開かれた。また、立命館大学の全10学部の教授会で削減撤回を求める教授団声明が可決された。さらに、学校法人立命館学園傘下の2大学3付属校の5組合で史上初の統一スト権を高い批准率で確立した。現在も闘争は継続中である。
 これだけの盛り上がりを見せているにもかかわらず、わたしは、どうせ当局との出来レースに違いない、と冷めた目で見ていた。あえて大衆団交を選んだのも、一般の教職員のガス抜きをはかるためのパフォーマンスに過ぎないと考えていた。
 しかし、ある情報を入手してわたしの考えは変わった。その情報によると、ワンマンで知られる理事長が9月に全職制会議を召集し、教職員組合を激しく批判したうえ、団交で当局批判をした職制たちに「文句があるならやめろ」と恫喝した、という。
 教職員組合が闘争の幕引きをはかりつつあり、スト権の行使にも及び腰であることは確かだ。だが、出来レースとは決して呼べないほどの溝が労使関係にあることは否定できないようだ。
 それにしても、なぜ当局は「三位一体」に溝を作る危険を冒してまで、今まで聖域だった正規教職員の待遇切り下げに踏み切らざるを得なくなったのか?続く!

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2005年10月09日

過半数代表:立命館定点観測

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 わだつみ像どころか、今や孟子像が立つ立命館大学。今日は彼らが誇る「民主主義」の一端をご覧にいれよう。ちょっと字が小さくて読みにくいが、上の文書を見てほしい(クリックすると大きくなる)。立命館大学労働者代表選出選挙管理委員会(実態は立命館大学教職員組合)が大学構内に貼り出した、いわゆる過半数代表の選出に関するものだ。
 過半数代表とは、過半数の労働者を組織する組合がない場合に、労働基準法にのっとって選出される労働者の代表だ。就業規則を制定・改定するときには過半数代表の意見を聴取しなければならないし、残業などに関する労使協定は過半数代表との間に締結しなければならない。過半数代表は非正規を含む全ての労働者によって民主的に選出されなければならない。
 上の文書が張り出されたのは9月20日。その2日後から候補の受付がわずか3日間だけ行われる。しかも9月の大学はまだ夏休みで、特に講義以外に仕事がない非常勤講師はまず大学に顔を出さない時期だ。人があまりいない閑散とした時期を狙ってコソコソとアリバイ的に掲示を出し、立命館大学教職員組合が立てた「候補」だけが立候補し、信任投票さえ行わずに選挙は終了。この後、過半数代表が決定された旨の掲示もなされた。これが「民主的」な大学の実態だ。
 だが、立命館大学の名誉のためにも付け加えておかなければならない。過半数代表の選出がいい加減に行われている職場は多い。経営者側が勝手に「代表」を決めてしまったり、そもそも就業規則じたいなかったりする職場は掃いて捨てるほどある。大学もその例外ではない。むしろ立命館は平均よりはややマシかもしれないくらいだ。
 つまり、これは特殊でも何でもない、ごくありふれた日本の労働現場の風景だ。組合の組織率が低くて過半数どころではなく、それに代わる過半数代表も儀式的に選ばれるだけ。そして労働者の意見はないがしろにされたまま、待遇は切り下げられていく。
 それで労働者はいつまでも黙っているのだろうか?次回の観測はそこに着目するつもりだ。

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2005年10月07日

立命館定点観測

 京都に立命館大学という大学がある。立命館大学は共産党の影響力が強いことで知られている。60年代後半に民青が学生自治会の執行部をフロントなどの新左翼から奪取して以来、一貫して民青が執行部を握り続けてきた。60年代末に近所の京大・同志社大・府立医大で全共闘が席巻していた折でさえ、立命館では民青の優位は揺るがなかった。
 学生だけではない。立命館大学教職員組合は、大学が多い京都でも最も強力な共産党系の私大教職員組合であり、京滋地区私立大学教職員組合連合のヘゲモニーを握ってきた。それどころか、大学の最高意思決定機関たる理事会も少なからぬ数の共産党員によって占められてきたようだ。
 これら教職員組合や学生自治会をも構成員とする「全学協議会」が大学の運営に関与し、「平和と民主主義」を教学理念に掲げてきたのが立命館大学だ。
 もちろん、立命館の「民主主義」の影の面も指摘しないわけにはいかない。共産党系以外の学生がステ貼りしてもすぐに職員に剥がされる。ビラ撒きなどの情宣を始めようものなら職員が飛んできて妨害する。労働運動の面でも、立命館大学教職員組合以外の組合は著しく冷遇されている。
 だが、良くも悪くも続いてきた立命館大学の「平和と民主主義」は、80年代半ば頃から徐々に変質を始めた。「共産党大学」とまで呼ばれた立命館が産学協同に舵を切りはじめ、次々に財界受けのする新学部・学科を創設。94年には滋賀県草津市に新キャンパスを開設。2000年には大分県に立命館アジア太平洋大学を開学。今や経済誌で「改革のトップランナー」と持ち上げられるまでになった。
 このような華々しい拡大路線のコインの裏をめくってみよう。二部は96年に「夜間主」に衣替えしたものの、それも既に新入生の募集は停止しており、在学生が卒業すれば廃止される運命だ。職員の半数は有期雇用の非正規労働者に置き換えられた。当然ながら、こうした大変革は立命館に様々なきしみをもたらしている。
 これから折に触れてこの大学を定点観測しようと思う。それは、新自由主義に突き進む日本社会を考える上で立命館大学が貴重な材料を提供してくれていると考えるからだ。
 長くなってきたので今日は前置きだけにするが、観測結果をおいおい発表していくつもりだ。
 
 なお、メールアドレスを公開することにしました。roudoushalアットyahoo.co.jpです。立命館大学に関する情報も待っています。

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