2005年12月12日

カナリアの悲鳴はもう聞きたくない

 子どもが犠牲になる痛ましい事件が続発している。それぞれの事件にはそれぞれの背景があるだろうから、安易に大状況から演繹的に論じることは戒めなければならないが、それにしても近年の新自由主義的政策がこうした事件を誘発しているのではなかろうか。
 児童虐待にしてもそうだが、弱肉強食の社会になってしまったせいで、追いつめられた人の不満のはけ口が子どもや老人などの最も弱い者に向かっている。もちろん、いくら差別・抑圧を受けようと弱い者に八つ当たりすることは許されないが、一番悪いのは自分たちの利益しか考えずにそういうギスギスした社会を作っている政府・官僚・資本家の連中だ。
 あたかも炭坑のカナリアのように、子どもたちが自らの命をもってわたしたちの行き先が危険であることを教えてくれている。まったくやりきれない話だ。これ以上犠牲が出る前に、早く道をひき返さなければならない。
 警察力を強化したり、外国人を排斥したりすることでは問題は解決しない。むしろ逆効果だ。
 大人たちが尊厳をもって扱われる労働環境を作ろう。ワークシェアリングをすすめて失業と過労をなくそう。年金・生活保護などのセイフティーネットを張りなおそう。破壊されてしまった地域や職場の共同性を、抑圧的にならない形で再建しよう。大人を追いこまないことこそが子どもを守る道だ。

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2005年09月04日

やりすぎだってば

ブランド競争過熱 来春開校、同立校に 京の私立小も“対抗”

  来春開校する同志社と立命館小の学校計画で、豪華な設備や学用品が保護者の関心を集めている。ホテル提供の給食や人気ブランド製の通学かばんなど、イメージを高めようと両小とも教育内容と同等以上に力を入れる。児童募集で影響を受ける京の有力私立小も施設を増強するなど、ブランド競争が過熱している。
 7月に開かれた同志社小(京都市左京区岩倉)の説明会。給食提供先が京都宝カ池プリンスホテルと発表されると保護者からどよめきが起きた。仕上げは校舎内で行う半自校式で「給食時間前には良いにおいが漂い調理の仕事も分かる。ホテルとはテーブルマナー学習などでも協力したい」(同小)と説明する。
 通学かばんは若者に人気の「一澤帆布」のオリジナルリュック。通学時の安全確保のため、希望者に配布するGPS(地球測位システム)発信機を入れる専用ポケットもある。
 一方、「本物志向」を掲げる立命館小(北区小山)は給食を大津プリンスホテルに委託。府外で学校までやや距離があるが「ホテルで調理した給食を保温保冷コンテナに入れて専用トラックで運ぶ」という熱の入れようで「食育重視」を強調する。さらに高級感を演出する独自デザインの制服を用意するほか、「スルッとKANSAI協議会」などと連携して独自開発したICカードを使う全国初の登下校管理システムを導入。IC児童証を全児童に配り、校門や交通機関の改札を出入りする情報を即時電子メールで保護者に伝える。(後略)(京都新聞) - 8月31日15時36分更新


 なるほど。西武資本はあれだけたたかれても同志社と立命の両方に食い込むとはなかなかやるな。などと感心している場合ではない。
 どちらの小学校の説明会も進学希望の親たちで大盛況だったそうだが、教育熱の高まりは行きつくところに行きついてしまった観がある。親がアホなら学校もアホだ。ブランドものの制服とカバンにホテルのランチ。子どもを何だと思っているのか。いくら金持ちでももう少しましなカネの使い方を思いつかないものか。
 ホテルのランチを食べさせて「食育重視」だと。言うにこと欠くとはこのことだ。ノーガキ垂れまくりのグルメおたくでも育成したいのか。本当にこれでいいと親も学校も思っているのか。
 わがフリースクールでは間伐材を割って薪を作り、かまどで煮炊きする(ま、面倒なのでカセットコンロを使うことが多いが)。魚を包丁でさばくことを学ぶ(ま、わたしは出来ないが)。手作業で田植えや草引きをする。臼で餅をつく。こういうことこそが本当の食育ではないか。
 子どもにプリンスホテルのランチなぞもったいない。わたしに食べさせろ!

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2005年08月28日

フリースクールと不登校

 この前、フリースクールのスタッフをしているということを書いた。今回は、ではそもそもフリースクールとは何か、ということについて述べたい。
 フリースクールについて、予備知識のない人に簡潔に説明するのは難しい。そこで、時間がないとき、面倒くさいときは、「不登校の子どものための学校」という説明で済ませている。8月23日の「ふたつの問題系」では「登校拒否=不登校の子どもの出現を追いかけるようにして、80年代半ば頃から各地にフリースクールが設立されるようになった。」と書いた。日本のフリースクールが、不登校の増加と密接に関係していることは否定できない。じっさい、わがフリースクールは今まで受け入れてきた子どもたちの多くが不登校の経験者だ。ほかのフリースクールでも同様だろう。
 それにもかかわらず、「不登校の子どものための学校」という説明は正確ではない。わがフリースクールは、「フリースクールは不登校の子どもの受け皿ではありません。」と一貫して主張してきた。フリースクールは子どもの自治にもとづいた主体的な学びの場であり、大人が命令して子どもを動かす公教育に対するオルタナティブである、というのがわたしたちの考えだ。学校で傷ついた不登校の子どもたちの癒しの場ではない、公教育の下請けにはならない、ということだ。このような考え方は、なにもわがフリースクールに特有のものではない。前述のように日本のフリースクールは、東京シューレを嚆矢として、80年代半ば頃から各地に現れてきたが、多くのフリースクールの共通認識であろうと思う。
 ところで、わたしは10年以上前からフリースクールのスタッフをしているが、10年前と今とでは、フリースクールを説明する難しさの内容が少し違う。10年前には、フリースクールという言葉はまだまだ一般に知られていなかった。同僚のスタッフは「無料の学校」という意味かと勘違いされたことがあるという。今では逆に、フリースクールという言葉がたいへん広く使われるようになったため、かえって事態がややこしくなってしまった感がある。90年代後半頃から、不登校の子どもの学校復帰や高校進学のために勉強を教える学習塾のようなところや、さらには教育委員会が設置する不登校対策の施設までがフリースクールを名乗りはじめたのだ。
 別にフリースクールは家元制でもなければ登録商標でもないので誰が名乗ろうが勝手だが、こうした「フリースクール」は、わたしたちのような旧来からのフリースクールとは全く別物だ。わたしたちのフリースクールは多くの不登校の子どもたちを受け入れているが、不登校対策のためにあるわけではないし、ましてや不登校の子どもたちを公教育に戻すことを前提にしてはいない。繰り返しになるが、フリースクールは不登校の子どもの受け皿ではない、ということだ。
 ただ、この点についてのわたしの考え方は数年前から微妙に変わりはじめている。次回はそのことを話したい。

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2005年08月26日

ああ栄冠は不気味に輝く

 今年の夏の高校野球は、終わってからが大騒ぎだ。優勝校で部長が部員に暴力をふるっていたという。また、この騒ぎの前触れとして、明徳義塾の「不祥事」もあった。こちらでは部員間の暴力にくわえ、喫煙の問題もあったという。
 まず暴力について。暴力はいけないことだ。とりわけ権力を背景にした暴力は許しがたい。わたしは出来るだけ暴力をふるわないようにしている。さいきん人を殴ったり蹴ったり、刃物で刺したり鉄砲で撃ったりした記憶はない。しかしそれでも、全く暴力をふるっていないとは言いきれない。言葉の暴力は時に刃物より深く人を刺す。回転寿司でよろこんで握りにかぶりつくのは、低賃金で搾取されているベトナム人労働者に対する構造的暴力に加担している。
 その点、高野連が殴ったかどうかを基準にしているのはナンセンスだ。むしろ問うべきは、高校生を人間とも思わないしごき体質だ。殴らなければいいというものではない。もちろんこうした人権蹂躙は高校野球に限らず広く学校文化全体に蔓延している。高野連がそれをなおざりにしたまま、表面化した暴力事件にのみ処分をもって対応しているのは、事実上高校側の隠蔽体質に加担していることにほかならない。
 次に喫煙についてだが、これもやめた方がいい。周知の通り、喫煙は肺ガンのリスクを飛躍的に増加させる。当人だけならまだしも、受動喫煙によって周囲にも害をもたらす。
 だが、十代の若者はしばしばヤンチャをやらかすものだ。わたしは高校ではマジメな優等生だったが、それでも親に隠れてうまくもない酒を飲んだりした。人間そうやって成長していく。喫煙など目くじらたてるほどのことではない。だいいち大人の喫煙は認められているではないか。
 おもえば高校野球とはグロテスクなイベントだ。「さわやかな高校球児」の「はつらつとしたプレー」が商品として全国の観客に消費される。白球を追っているのは悩みも矛盾もかかえる思春期まっさかりの若者たちだが、彼らのそうした人間味豊かな側面は高野連によってあらかじめ除菌される。舞台裏では球児たちに対する暴力が平然とおこなわれ、さらにその奥にはコマーシャリズムの影がちらつく。
 わたしは以前からコウコウ野球のことを密かに「不孝野球」と呼んできた。甲子園に出場することになると、応援などの経費をまかなうためにその高校の生徒の親には多額の寄付が要求されるときく。中学生諸君、ムカつく親を困らせてやりたかったら甲子園常連校に進学せよ!

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2005年08月23日

ふたつの問題系

 8月16日の「学校はなぜ必要か?」で述べたように、学校は産業のための兵隊養成所だ。その基本的な性格は今も変わっていない。だが、そもそも近代学校制度は大量生産のための単純労働をおこなう工場労働者を想定して作られたもので、高度成長期以後の産業の変化に対応しきれなくなってきた。そこで、政府は「総合的な学習」や「ゆとり教育」を導入して「自主性」や「考える力」を重視するようになった。また一方では飛び級や大学院重点化によって教育を複線化し限られたエリートには手厚い教育を用意するようになった。
 しかし、学校制度に影響を与えたのはこのような上からの力だけではない。高度成長期以後、工業化によって疎外されてきた人たちの異議申し立て、すなわち反公害運動・消費者運動・ウーマンリブやフェミニズムと軌を一にして、登校拒否の子どもたちが現れてきた。そして登校拒否=不登校の子どもの出現を追いかけるようにして、80年代半ば頃から各地にフリースクールが設立されるようになった。
 このような話をしてきたのも、わたしがあるフリースクールのスタッフをしているからだ。給料は出ない。というか経営状況があまりにも悪いので自主的に返納している。収入は別の仕事で得ているが、バイト=非正規労働だ。不登校やフリースクールと、非正規労働。このふたつの問題系は微妙にリンクしている。

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2005年08月16日

学校はなぜ必要か?

 8月13日の記事「小学生に賃金を!」で学校の必要性について書くことを予告しておいた。この手の話題になると、よく次のようなことが言われる。「学校で連立方程式だのローマの皇帝の名前だのを習うが、あんな知識は役に立たないから必要ない。」
 この考えは半分正しくて半分間違っている、とわたしは考える。
 たしかにこの考えは正しい。連立方程式の知識は一部の技術者などにとってのみ必要なものであり、大半の人にとっては役に立たない不必要なものだ。しかし、それでもやはり方程式やローマ皇帝を教えることは必要なのだ。なぜ必要なのかというと、これらの知識は役に立たないからだ。
 なに訳の分からんことを言ってるんだ?とツッコミが入りそうだが、つまりはこういうことだ。
近代国家は産業を発展させ、戦争を遂行しなければならない。そのためには国民を教育する必要がある。こうして作られたのが学校制度と徴兵制度だ。今では戦争は専門の傭兵=自衛隊に任せたので徴兵制度はなくなったが、学校制度は存続している。学校は産業のための、つまり会社のための兵隊を養成するところだ。会社では、社員という名の兵隊が上司の指示通りに動かなくてはならない。やっぱりこうした方がいいんじゃないのとか、そんなことをするのは俺のポリシーが許さないだとか、そういう余計なことを考えて勝手なふるまいをすることは、基本的には許されない。上から言われたことは黙って実行する。これが近代国家が求める望ましい労働者の姿だ。
 であればこそ、学校では役に立たないことを教えなければならない。むしろ、役に立たないことの方が都合がいいくらいだ。呪文のようなローマ皇帝の名前を丸暗記するのは、自分の頭で考えずに上から言われたことを忠実に実行する練習なのだ。卒業式などの儀式、軍隊調の行進の練習なども同断だ。毎朝定時に教室の自分の席につき、決められた時間割に従って教師から与えられた課題をこなし、クラブ活動では先輩後輩関係の掟を学ぶ。これらはみな、「会社で働けるカラダ」をつくるための訓練だ。徴兵制なしの大日本帝国が考えられないのと同じくらい、学校制度は日本国にとって必要だ。そして、学校に通わないこと=不登校・登校拒否は、戦後日本のありかた全体にそむく背教者になることにほかならない。
 労働者Lのお説教はまだまだ続く!うんざりして待て!

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2005年08月13日

小学生に賃金を!

 見ての通りの政界のドタバタ劇。労働者階級人民の不満は高まるばかりで、明日にでも武装した労働者が蜂起し、革命が起きるであろうことは火を見るよりも明らかだ。もしその時、偉大なる労働者階級の星、労働者Lを国家主席に推戴したいという声が全人民から澎湃と沸き起こったならば、しゃーない、引き受けてやってもいい。ただし一つだけ条件があるから全人民の諸君は耳をかっぽじって謹んで拝聴するように!
 だいたい近頃の日本の人民はなってない。解散後に小泉の支持率が上がっただと?安倍晋三や石原慎太郎といったデンパな連中も相変わらず人気だ。安倍や石原の言ってることなんか、かっての赤尾敏とさして変わらんじゃないか。赤尾敏の数寄屋橋での演説なんて通行人からソッポをむかれていたけど、なんでヤツらはこんなにもてはやされるんだ?それから「セカチュー」だの「電車男」だのにうつつを抜かしてるそこの人民!ご苦労にも夜遅くまで世界陸上をテレビ観戦して「がんばれ、ニッポン!」とか叫んでるそこの労働者!まったくお前ら、思想的に腐敗しとる。根元まで腐っとる。
 そこでだ。わたしが主席に就任した暁には、ありがたくも汝人民に更生の機会を与えてやろう。毎朝8時半に最寄の人民更生施設に集合すること。遅刻したヤツはグランド10周だ!更生施設では午後4時まで指導員の講演がある。講演の内容はたいがいつまらないが、おとなしく黙って拝聴すること。講演の最中に席を立つことは厳禁だ。たとえウンコ漏れそうでも休み時間までガマンしろ!
 それで給料はいくらもらえるかって?ナメるのもエエ加減にせい!ありがたくも国費を投じて更生させてやってんだから、本当は講演料を徴収したいくらいだが、出血大サービスでタダにしてやってんだぞ!それから月末までに翌月の給食費を持参すること!

 …もう勘のいい人は気がついているだろうが、これが子どもたちの日常だ。大人だったらアホらしくって誰も学校なんか行かないって。9割以上不登校だって。それをうまく丸め込んで子どもたちを学校に行かせてる社会ってすごい。ほんとすごい。
 え、じゃあ学校は必要ないのかよって?それについてはまたおいおい書いていくので刮目して待て!

 PS.更生施設に入りたい人はランキングで労働者Lに投票してね!よろしく!

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posted by 労働者L at 17:13| Comment(10) | TrackBack(0) | 子ども