昨日は、新世界にある大阪市の乱開発遺跡=フェスティバルゲートに行ってきた。学生の時分、釜ヶ崎の越冬闘争に参加していた頃は線路の向こう側からこの奇抜なビルをいつも眺めていたが、中に入るのは初めてだ。フェスゲにある
ココルームの
「自分で生きる、人と生きる」路上、公園に生きるアーティストたちというイベントが目当てだ。
期待していたよりずっと楽しく、刺激的なイベントだった。近年参加した集会・イベントの類の中で最も面白かったのではないだろうか。
内容は、野宿生活をしつつ芸術活動もしている人たちのパフォーマンスと、会場も一体となったディスカッション。長びく資本家のリストラ攻撃のおかげで都会の公園はすみかを失った人たちのブルーシ−トの住居だらけだ。ところが、東京の代々木公園から参加した二人の若いアーティストは、別に住む家がないわけでもないのに、好きこのんで公園で暮らしているのだという!小市民的な生活がすっかり身についた労働者Lには信じられんことだ。
どうやら、絵を描く会やらティーパーティーやらしつつ、代々木公園(人口300人)の生活を楽しんでいるようだ。食糧はふんだんにあるという。産廃業者が経費を浮かすために賞味期限切れの食品を公園の住民のもとに届けに来るのだそうだ。数百キロのスパゲティをもらい、「近所」に配っても配っても減らず往生したこともあるという。発電機などの耐久消費財はフリマで「公園価格」で格安で入手できるらしい。あまり金がかからない生活だが、それでも必要な現金は、小川さんの場合、週1回程度の障害者の介助で稼いでいるそうだ。週休6日である。
しかし、こんなことで驚いていてはいけない。詩の朗読を披露した橘さんたちの話はもっとすごい。橘さんは長らく日雇いで働いていたが、仕事が減り野宿生活を強いられつつ、詩を作り、朗読する活動をしている。詩の朗読でギター伴奏をしていた相棒は野宿生活の隣人だという。
この二人がどうやって知りあったか。かって橘さんが大阪城公園で暮らしていたとき、相棒氏はホームレス対策の行政の担当者だったという。だが、行政が野宿者を収容施設に押し込めても、少なからぬ人たちが施設の窮屈さを嫌い野宿に逆戻りしてしまうさまに相棒氏は矛盾を感じ、自由に生きる橘さんにあこがれて公務員の地位を捨てて野宿生活に弟子入りしたのだそうだ。相棒氏は「ミイラ取りがミイラになってしまいました」などと平然とおっしゃるが、まったくもって驚くべきことだ。世の中いろんな人がいるものである。
その他に、釜ヶ崎の紙芝居のグループ、長居公園のよさこいソーランチームも出演した。
当然ながら、野宿生活には様々な困難が伴う。代々木公園では年末にも強制排除があるかも知れないそうだ。女性の野宿者が受ける抑圧・差別に関する議論がおこなわれ、野宿生活者のコミュニティに投影された差別構造について考えさせられた。
イベントがはねたあとはジャンジャン横丁の串カツ屋で一杯やる。充実した半日だった。
ところで、ココルームは大阪市による「新世界アーツパーク事業」により、フェスティバルゲートに出店している。ところが、市の都合でアーツパーク事業が移転させられるかもしれないそうだ。そうなればココルームがせっかく釜ヶ崎と築いてきた関係に大打撃だ。アーツパーク事業移転反対!
革命的労働者に清き一票を!ここをクリック!人気blogランキングへ