「甲山」と聞けば、このブログの読者なら甲山事件を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。ご存知ない方は甲山事件救援会のサイトを参照してほしい。一言で言えば、史上最長の裁判をへて無罪が確定した冤罪事件だ。事件の起きた甲山学園はとうの昔に廃止されているが、現場となった青葉寮の建物は現存していると聞いたので、今回足をのばして訪れてみた。
かっての青葉寮はキリスト教系の病院の病棟として今でも現役だ。5階建の病棟と4階建の老人ホームにはさまれた平屋の旧青葉寮は、あの世間を揺るがした大事件の現場とは思えぬ、あっけないほど小さい建物だった。ホームの老人たちがたたずむのどかな中庭に建つそのコンクリートの建物は、小ぎれいな緑色のペンキで塗りなおされているものの、たしかに時代を感じさせるものだった。
甲山事件で山田さんがこうむった被害は計り知れない。警察、検察、裁判所の仕打ちは許しがたい。その一方で救援会の方々のねばり強い運動には本当に頭が下がる。
だが、わたしは歩きながら別のことを考えていた。刑務所のようなパノプティコンの構造をもつ旧青葉寮は、墓地と貯水池にはさまれた人里離れた山の中にある。山田さんは言われなき罪で拘置所に収監されたが、ここの園児たちは知的障害をもって生まれたというだけで甲山学園に隔離されていた。死んだ園児の親が甲山学園に対して起こした損害賠償請求訴訟について、甲山学園の理事長は「障害者は廃人であり、社会的存在価値がない以上親が請求している死んだ子供達の賠償請求は無意味である」と言い放った。もし刑務所長が受刑者の死に際して同様のことを言ったらどうなるだろうか。この発言に抗議して、「我らは、愛と正義を否定する。」という綱領で有名な青い芝の会という脳性マヒ者の団体が座り込み闘争をおこなったこともあった。
今となっては二人の園児の死が事件か事故か知るすべもない。しかし陳腐な表現を許してもらえるのなら、二人を殺したのはわたしたち健常者社会全体ではないだろうか。わたしは山道を歩きながらそう考えた。
病院の建物には大きな字で「AGAPE」と書かれていた。ギリシャ語で「愛」という意味だ。
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