この考えは半分正しくて半分間違っている、とわたしは考える。
たしかにこの考えは正しい。連立方程式の知識は一部の技術者などにとってのみ必要なものであり、大半の人にとっては役に立たない不必要なものだ。しかし、それでもやはり方程式やローマ皇帝を教えることは必要なのだ。なぜ必要なのかというと、これらの知識は役に立たないからだ。
なに訳の分からんことを言ってるんだ?とツッコミが入りそうだが、つまりはこういうことだ。
近代国家は産業を発展させ、戦争を遂行しなければならない。そのためには国民を教育する必要がある。こうして作られたのが学校制度と徴兵制度だ。今では戦争は専門の傭兵=自衛隊に任せたので徴兵制度はなくなったが、学校制度は存続している。学校は産業のための、つまり会社のための兵隊を養成するところだ。会社では、社員という名の兵隊が上司の指示通りに動かなくてはならない。やっぱりこうした方がいいんじゃないのとか、そんなことをするのは俺のポリシーが許さないだとか、そういう余計なことを考えて勝手なふるまいをすることは、基本的には許されない。上から言われたことは黙って実行する。これが近代国家が求める望ましい労働者の姿だ。
であればこそ、学校では役に立たないことを教えなければならない。むしろ、役に立たないことの方が都合がいいくらいだ。呪文のようなローマ皇帝の名前を丸暗記するのは、自分の頭で考えずに上から言われたことを忠実に実行する練習なのだ。卒業式などの儀式、軍隊調の行進の練習なども同断だ。毎朝定時に教室の自分の席につき、決められた時間割に従って教師から与えられた課題をこなし、クラブ活動では先輩後輩関係の掟を学ぶ。これらはみな、「会社で働けるカラダ」をつくるための訓練だ。徴兵制なしの大日本帝国が考えられないのと同じくらい、学校制度は日本国にとって必要だ。そして、学校に通わないこと=不登校・登校拒否は、戦後日本のありかた全体にそむく背教者になることにほかならない。
労働者Lのお説教はまだまだ続く!うんざりして待て!
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