2006年12月21日

日本という名の電車

 尼崎の脱線事故についての事故調査委員会の報告に関する報道を読むにつけ、あらためて怒りがわいてくる。
 JRの運転士は、そもそも制限速度を守っていてはハナから間にあわない無理なダイヤに追いまくられ、ミスをすれば「日勤教育」という名の懲罰が待っている。高見運転士はオーバーランが当局にどう報告されるか心配で、車掌の無線連絡に気をとられているうちに減速のタイミングを失して悲劇は起こった。
 営利優先の会社は、儲けにつながらない安全対策をサボタージュしていた。新型ATSの設置が当初の予定どおり行われていれば、事故は起きずにすんだ。
 国鉄の労働運動が戦後営々と築き上げてきた安全のための闘いの成果は、民営化後の20年ですっかりつき崩された。乗客の命を預かる誇り高き国鉄労働者は、当局の顔色をうかがう物言えぬJR社員にさせられた。
 107人の乗客・乗員を殺したのは、分割民営化を強行した中曽根だ。事故から1年もたたずに郵政民営化法案を成立させ、性懲りもなく公共サービスを独占資本の食い物に差し出したのは小泉だ。
 そして安倍運転士が乗務する日本という名の電車は、ますます加速しながら急な右カーブに突っ込みつつある。脱線せずに曲がりきれるだろうか?

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posted by 労働者L at 16:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする