けど、ちょっともの足りなかった。だって朝鮮高校の不良たちがちっともワルくないんだもん。たしかに連中はケンカしてばっかだし、公衆電話ぶっこわして金を盗むは、女の子孕ましてバックレようとするわで、いちおうワルのセオリーを踏んでいるわけだけど、そのワルさが全然うしろ暗くない。日本人の不良グループのバカバカしいまでに徹底した上下関係はコミカルに描かれているけど、それに対して朝鮮人のほうはヤンチャやってる連中も彼らの間では上下など微塵もなく、実にすがすがしい友人関係なのである。これってホンマかいな?
そして不良のイニシエーションを通過した朝高生たちは、立派な社会人に成長してメデタシメデタシというわけ。
在日朝鮮人は差別に苦しみながらも、互いに助けあって清く正しく生きている。この映画のこういった朝鮮人の描かれ方は、率直に言わせてもらえば、世間一般の朝鮮人差別の裏返しではないか、と思う。
人間は残念ながら必ずしもそんなに強くない。差別はしばしば被差別者を屈折させる。それがさらに差別の格好の材料になる。差別問題の解決が難しいのはこの悪循環を断ち切れないからだ。
差別に抗してひたむきに生きる朝鮮人、なんて図式はまるで薄っぺらいプロパガンダ映画のようだ。被差別者を捉える視点の深さにおいては、ヴィスコンティの『若者のすべて』に到底及ばない。
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ヴィスコンティと井筒和幸を比べてどうするんだ。
「視点の深さ」っていう自分だけ得意げに納得してる言葉を物差しにして、何を測ったっていうんだ?
お前の映画に対する視点の深さが浅いから、せっかく井筒がボンクラでも理解されやすく撮ってくれてんのが理解出来ないだよ。
ヴィスコンティと井筒とでは伝え方が違うのも分からない奴が、よくもまぁヌケヌケと語るもんだ。
これほど知ったかぶりを喧伝しといて、少しも恥ずかしいとも思わない低脳ブログは久々だ。
もう、お前は何も語るな。
同じ日本人として、俺は心底情けない。
小学校から人間教育やり直してこい。
当人が在日でもなんでもないから、ただのプロパガンダ。
井筒のような、知ったかぶりが問題を余計複雑化させちゃう。
崔監督の在日物は面白かった。